ヲタクの醍醐味〜僕のヲタク半生を振り返って〜

ヲタクの醍醐味ってなんでしょう。なんだと思います?

そんなことをふと思ったので、私のヲタク人生を少し振り返ってみたいと思います。

アタクシにヲタクとしての強烈な自我が目覚めたのは小学校5年生の時でした。(詳しくは一番最初の記事を読んでネ☆)当時、大阪で関ジャニ∞のヲタクとしての自我をグングン成長させてたアタクシ、そのクソデカ感情を誰かとどうしても共有したかった。が、2004年当時の関ジャニ∞は地元大阪でさえ一般人には知れ渡っておらず、まして小学5年生なんて初潮も迎えてるかどうかも分からんようなキッズで関ジャニ∞好きなんて奴、どこ見渡してもいなかったわけよ。そうすると、困った少女みきほ(11)、解決策をネットに求めました。

とはいえ当時のネット社会は今ほど身近なものではなく、まだ少しアングラな匂いが残っていて、ネットで知り合った誰かと実際に会うなんて危険なことだと認識されてました(まあ今でもそんな安全なわけではないけど)。

 

当時のジャニヲタ界隈には”相方””身内”という制度(?)がありましてね。勿論漫才するわけでもなんでもないけど、この子と私は仲良いんだ!みたいな女子特有のアピール社会がそこにありました。

私の人生初めての相方は、同じ渋谷担の1つ上の女の子でした。他にキムタクと山Pが好きな、赤色しか愛せない!みたいな女の子でした。ちなみに顔がとても可愛い。ふみコミュニティというアラサー世代は絶対アクセスしたことある掲示板で(今はもうなくなっちゃったけどね)出会って、仲良くなるうちに「相方になろうよ」ってどっちからだったか、言い出したんだと思います。一緒にプリクラ撮ったり、カラオケでDVD見たり、今のヲタク活動とさして大差ないことをやってました。その時私が小6、相方は中1で、たった一つしか年の差がないのにこんなにも大人なのか!と感動したのをすごい覚えてます。

当時はウィルコムなんて洒落たものないし、家電で一生ああでもないこうでもない、あそこの誰々が良かった、次のコンサートどうする?とか他愛もない話をして。

普通小学生って学校以外に友達できることなんて早々ないから、私の中で何か一つ世界が広がった瞬間でした。

 

その子とは同じ時期に関西ジャニーズJr.に担降りして、たまたま同じユニットの別の子だったから、一緒に受け列に並んだりもしてました。フフフ。

私は現場にそれなりに近いところに住んでたから、その子が行けない日も一人で列並んだりしてて、まああるあるなんですけど「私が並べてないのに一人でいくなんておかしい!」とか本当にめちゃくちゃしょうもないことで大喧嘩して、一旦相方関係を解消したりして。

今となってはしょうもなさすぎて笑えるけど、中学生にとっては大きな事だったんですねえ。

懐かしい。そんなこんなでくっついて離れて、また仲良くなって、そうこうしているうちに私は関ジャニ∞に出戻り、彼女はそのままJr担を続けて、自然と距離が出来て、その子の担当が事務所辞めちゃった関係でジャニーズからフェードアウトし、いつの間にか小島よしお本気愛になって全国を飛び回り、狩野英孝担の新しい相方を見つけてました。

今何してるかなあ、元気にしてるかな。

それが私の初めての、身の回りの世界から一歩外に出てできた友達でした。

 

そこから加速度的に世の中がどんどんネット社会になっていき、ネットで気の合う友達を探すことへのハードルがぐんと下がり、色々なヲタク友達が増えていきました。

当時住んでいた大阪だけでなく、横浜や東京の友達も増えていきました。その時の私はまだ14歳くらいだったので、ほとんどが年上の友達でした。学校でいう中2からする高2、高3とか雲の上の先輩すぎて挨拶する機会もないくらいだったけど、ヲタクの社会では年なんて関係なく対等な関係で友達になっていきました。

 

高校1〜2年生(2009-2010)が、私のヲタク人生の中で一番楽しかった時代なんですが、

それは関ジャニ∞がようやく売れる寸前のリーチかかった一番脂の乗った時期だったのもあるけど、やっぱりその頃に出会った友達の存在がバカでかい。その頃つるんでた5人組は、未だにずっと仲良しで、もう誰一人関ジャニ∞のヲタクじゃないけど、一生友達と思うんだ。

放課後、集まれるメンバーで頻回に繁華街に集まり、お金ないからサイゼかマックで一生ゲラゲラ笑って一生分のプリクラ撮った。誰にでも寛容なはずのサイゼリヤで、あまりにもゲラゲラうるさかったのか初の出禁を食らうなどした。(あの頃のサイゼリヤの店員さん、ごめんネ☆)高校時代の思い出は学校の友達と遊んだのと同じかそれ以上、この友達とある気がする。

 

ここでちょっと私の生い立ちの話をすると、私ってスーパーお受験キッズだったので、小学校から全部お受験で学校に入ってるんですね。そうするとまあバックグラウンドも大体似たようなとこに収束してきて、大体厳しめの親がいて、親の言うことをちゃんと聞くお利口ちゃんたちが集まってきて。つまんねえな、ってずっと思ってたのよね。私の家はあんまりそんな感じじゃなかったし、私自身全然真面目なタイプじゃないし、すでに強烈な自我を持ってたから、みんな大して何も本気で好きじゃないなんて、なんか皆面白くないなあって偉そうにも思ってた。実際「みきほは好きなものがはっきりしてて、それを好き!ってちゃんと言えるのがすごい羨ましいしかっこいいと思う」ってよく言われてたし。

今から思えば、同級生だって私ほど主張してなかっただけで面白い人間はいっぱいいたんだと思うけど、当時の私は生意気だったしガキだったから、そんなこと思えなくって。

だから、強烈なヲタクとしての自我を持った人間と次々出会うのが刺激的で面白かった。

所謂進学校にずっといて、当時まだまだガキだった私は偏差値の高さ=頭の良さだと思ってて、でもそのヲタクの友達と出会って、「頭がいいって勉強ができることだけじゃないんだ」っていう自分の中ではセンセーショナルな気づきを得て。(その子達が勉強できないって言ってるわけじゃないよ、でも本当に勉強と縁遠い子もいたから、そういう意味ね)

 

今でもずっと友達だけど、その子達が正直どこの高校行ってたか、大学に進んだの進んでないのか、はっきりしたことは分からない。こんなにも仲良しなのに、そんなこと知らない。

同じくらいの教養レベルで話があって一緒にいてゲラゲラ面白いんだから、そんなことどうだって良い。肩書きとか社会的地位、みたいな分かりやすいラベルで人をはかってしまいがちだった高校生の私にとって、この時にみんなに会えたことは今でもかけがえないものすごい財産だと思うな。

 

時は流れ、進学と同時に大学を離れ関ジャニ∞も全国的に売れたところでヲタクから離れてしまった私、その5人組のうちの一人に「あんたがエイトの10周年見届けんで誰が行くの?私子供小さいから行かれへん。私の分まで見てきて」と言われ、まあ確かにそれもそうかと思い、情報収拾のために何となくヲタクのためのTwitterを開設して。そうしたら瞬く間に友達ができて、その友達が友達を呼んで…気づいたら10人近くの大グループに成長していた。出会って1ヶ月経たないくらいで現場終わりにみんなで乾杯して、とにかく酒飲むのが大好きな愉快な友達だらけだったから、あっという間にどんどん仲良くなっていった。

当時もうすでに大阪には住んでいなかったけど、帰省のたびに集まって朝まで飲んで、一緒に旅行行ったり、現場入ったり、10数人でグランピングしたり年越しカウントダウンお泊まりパーティしたり、もはやヲタク事と全然関係なく、ずっと友達。

そのうちの一人の結婚式がもうすぐある。テーブルはそのTwitterで知り合った友達の円卓なんだって。花嫁そっちのけでずっと飲んではしゃいでるかもしれないけど、花嫁はそういう前提でその席を整えてくれてる。

結婚式にお呼ばれするまでの友達になるなんて、アカウント開いた時は思いもよらなかった。

その子たちと出会って今年で10年目?になるけど、出会った時とライフステージは皆全然変わってしまった。あの頃皆学生だったけど、就職したり結婚したり子供ができたり、住んでるところもバラバラで、もはや誰一人としてあの時と同じ熱量で推しを推してるわけじゃないけど。それでもずっと友達。推しを越えて、人生を語り合う友達。

 

”社会人になると、なかなか友達できないよ”

よく言われることだけど、これは真理だと思う。毎日忙しく働いてる我々にとって、職場以外で人と出会うことなんてかなり積極的に出会いを求めていかないと機会に恵まれないし、職場で出会う人間は絶対”上司””同期””後輩”のどれかにカテゴライズされてしまう。

この関係で、残念ながら損得勘定が1mmも介在しないという状況はほとんどない。

仕事柄、ほぼ毎年異動になってるから分かるけど、仮にどんなに仲良くなっても職場が変わっても変わらず仲良く、というのは残念ながらほとんどない。

新しい環境に行けば新しい環境で、また新たな人間関係が育まれそっちに忙しくなるから。

でもヲタクは違う。

ヲタクはそもそも取り巻いてる環境がはなから全く違う。だから今更どっちかが転勤しようが引っ越そうが結婚しようが、あまり大きい問題にならない。

”ただ同じ推しが好き”  きっかけはそんな些細なことかもしれないけど推しを通じて出会った、普通に生きてるだけでは絶対に出会えなかった友達。

長くなったけど、ヲタクすることの醍醐味ってここにあるんじゃないかな、と私は思う。

もちろん推しから供給される心のビタミンCは尊い。何であっても代用できない。

でもそれと同じくらい、もしかしたらそれ以上、推しを通じて出会う友達と過ごす時間って尊いんじゃないかな、と最近改めて思う。

こうやって長々書いてきたけど、ここに出てきた友達は私が出会ったヲタクの全てではない。到底ここに書き切れないくらいもっともっとたくさんのヲタクと出会い、自然に離れてきた。それは多分、「推しを好きというだけ」で繋がってたからだと思う。推しへの熱量は、経年変化していく。どっちかがどんどん好きになる一方でどっちかが離れていけば、その分だけ二人に距離が出来ていく。推しを好きという気持ちだけで繋がってる友情は儚い。今までそんな人間関係をごまんと経験してきた。

でも、そんな中でも「この子は推しへの気持ちが変わったとしても人間として友達だな」という推しを超えた友達に出会えることがやっぱりある。

20年近くこの電子の海で何百人のヲタクと出会い、絡んで、離れてきた経験値からその嗅覚には自信がある。本当は多分、そんな友達に一人でも出会えればラッキーなんだろうけど、超ラッキーな私にはそういう友達が何人もいる。

仮に私が結婚式をするとして、人数制限せずに友達全部呼ぶ事にすれば、半分はネットで出会った友達の可能性、十分にある。正直実生活の友達そんなに少ない方ではないと思うけど、それでも半数くらいはこのネットでヲタクをすることで出会った友達になると思う。

ジャニーズから足を洗った時点で私のヲタク人生は幕を閉じたと思っていたから、まさかこのタイミングで天海沼に戻ってシャカリキにヲタクすることになると夢にも思ってなかったけど。

 

もし天海さんに直接何か伝えられる機会があれば、

「天海さんから元気もらってるのはもちろん、天海さんを好きになったことで、普通に生きてたら絶対出会えないような全国の友達といっぱい出会えて、その友達からも元気もらってます!天海さん本当ありがとう!!」って伝えたいと思います。

 

ヲタクって楽しい!𝑪𝑨𝑵𝑴𝑨𝑲𝑬 𝑻𝑶𝑲𝒀𝑶!!

お後がよろしいようで。